投稿者:タケシ猫
日本でもお馴染みになったハロウィンですが、これはそんな日に起きた出来事です。
都内の大学に通うM君は毎年ハロウィンに仮装して渋谷の街に繰り出します。いつもと違った自分になれるのが楽しいのと同時に、いろんなひとと知り合える楽しさもあるからです。
ある年のハロウィンの日のこと、M君は例によって仮装して渋谷の街を練り歩き、その日限りの狂奔の夜を堪能しました。そろそろ帰ろうと思ったとき、モヤイ像の前に腰かけている年配の男性が目に留まりました。その男性は青白い肌で精気が無く、まるで幽霊のようでした。随分気合いの入った仮装だなと感心したM君は早速声をかけました。
「いやいや仮装じゃないよ」
男性は力なく笑いました。
「何年か前の十月三十一日に起きた出来事を思い出しちゃってね」
話に興味を持ったM君は詳しく聞こうと、男性を近くのバーに誘いました。タクシーの運転手をしているというD氏は、バーでM君に過去の体験を語って聞かせました。
「渋谷で親子連れを拾ってね。陰気な親子だったよ」
D氏の言葉にM君は、これはタクシーにありがちな幽霊譚だとピンと来ました。
「それでどうしたんですか?」
M君の前のめりな問いかけに
「どうもこうもないよ」
とちょっと引き気味にD氏は答えました。
D氏が飲みながら語った話を短く集約すると、
『その親子の指定した通りにカーナビを入力して車を走らせたら、危うく崖から落ちて死にそうになった』というものでした。
「そういうことって本当にあるんですね」
怪談好きなM君は本物のタクシー運転手の幽霊話が聞けたことが嬉しくて感動すら覚えました。
ふと気がつくとD氏はカウンターにつっぷして寝息をたてていました。M君は怪談が聞けたお礼に奢ろうと思い、お店のひとに二人分のお会計を申し出ました。
「お客さん、ずっとひとりで飲んでましたよ」
店員の言葉に驚き、M君は
「いやだってそこに」
と言いながらカウンターを指差しました。
カウンターにはD氏の姿はありませんでした。
M君が後日図書館で新聞記事のデータを調べたところ、何年か前の十月三十一日にタクシーがあやまって崖から転落し、運転手が亡くなった記事を発見しました。記事に載っていた運転手の顔写真は、紛れもなくD氏のものだったそうです。
親子連れの幽霊に誘われ崖から落ちたD氏は、自分がもうこの世にいないことが信じられず、いまでもハロウィンの夜を彷徨っているのでしょうか。
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