2019年10月15日 更新

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夏の怪談コンテスト応募作品_火の見櫓

ぱどにゃんこ夏のキャンペーン 最恐「実話怪談コンテスト」応募作品を一挙ご紹介!

 

投稿者:美濃佐兵衛

火の見櫓

全国にある消防団は有事に備えて様々な訓練を行います。中でも、火事に際して現場に駆け付け放水を始めるまでの一連の動作を様式化し、その速さと正確さを競う「小型ポンプ操法」という競技の練習に命を削る分団も少なくありません。


その夜、我が分団の「小型ポンプ操法」の練習は、大会を間近に控えているにもかかわらず、昼間の仕事を終えた選手4人と分団長の合計5名しか集っていませんでした。
他の団員の手伝いもなく、火元を模した標的に放水して倒す練習を何度も繰り返し、皆くたくたになっていました。
21時30分を過ぎて、ようやく練習を終えた時、選手の一人である私は、これから3本の汚れたホースを洗って火の見櫓に干さねばならない事が、とても憂鬱でした。
それでも消防車に道具を積んで格納庫へ帰り、暗い駐車場で車のヘッドライトを頼りに選手4人で20メートルある3本のホースを洗い終えました。



ホースを干す(駄洒落ではありませんが)には櫓の下からロープに括り付けた消防ホースを滑車で引っ張り上げ、櫓の天辺に登った者が、上がってきたホースをロープから外し、櫓の周りにある鉄製の突起にぶら下げる必要があります。
団員でも、この火の見櫓に登ることが出来るのは少数で、高所は無理とか、十数メートルの垂直の梯子を登る体力が無いとか、実に情けない理由で登れない者が多くいました。
私を含め、今夜集まった選手全員も櫓に登れないグループでした。



洗ったホースを地面に着けないように、みんなでホースを肩に担いで火の見櫓の下に歩いていくと、すでに分団長が櫓に登って待っていました。
高く伸びた櫓の先端と、曇った空の区別がつかない程の真っ暗な夜です。
上と下とで協力してホースを干し終えたとき、格納庫の入り口から分団長の明るい声がしました。

「ご苦労さーん、弁当買うてきたけぇ、持って帰りんさい」

他の3人は声の方へ飛んでいきましたが、私はハッとして櫓の上へ眼を凝らしました。
真っ暗な櫓の天辺から梯子を一段ずつ降りてくる脚が見えました。

「誰が上がってくれたん?」

私が下から声をかけると、脚の動きがぴたりと止まりました。
「おーい」分団長が私を呼ぶ大声に気を取られて、すぐまた上を見ると、梯子には、もう誰もおらず、3本の真っ白いホースが真っ黒い空からぶら下がっているだけでした。



「あれー?もう一人おったろう」分団長が買ってきた弁当は6個ありました。


以上

 

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