投稿者:まきのでら
這いずる騒音
数年前のある冬の夜、連日の仕事に疲れ切っていた私は帰宅後、早めに床に就くことにした。睡魔が容赦なく襲い、立っていることも難しくなっていたのだ。
布団に倒れ込み、眠りに落ちる寸前、不意に嫌な感じがした。
言語化の難しい類の嫌さだった。ふと気づくと、身体の自由が効かなくなっていた。
意識はハッキリしているのに、全身がボンドで固められたかのようにビクともしない。
冬場なので布団を頭から被った状態である。
しかし金縛り自体は過去にも何度か経験していた。今日のように疲れたが溜まるとなり易いのだ。
この夜が過去と違っていたのは『声』が聞こえたからである。
それは寝室の外から漏れるように流れてきた。
一人ではない、何人かの話し声である。何と言っているのかは定かではない、ザワザワと複数の声が塊になって蠢いているようで気味が悪かった。
私はとにかく不快でたまらなかったので、懸命に身体を動かそうとした。
せめて耳だけでも塞ぎたかった。
しかし、やはりビクともしない。声の騒音はザワザワとひしめき合いながら近付いてきた。
扉を音もなくすり抜けて寝室に入って来たのだ。
明らかに声量を増し、室内をウロウロと徘徊している。まるで誰かを捜しているかのようだった。
私はアレが私を捜しているような気がして、頼むから見つけないでくれと祈った。
やがてアレは動きを止めた。
私の真上である。
祈りは通じなかった。声が一気に近くなった。私の耳元へ、まるで耳に唇を押し当てられているように、息遣いまで確かに感じた。
布団をすっぽり被っているせいで視界が奪われているのが恐怖を倍増させる。
ザワザワした騒音は変わらず言葉をハッキリさせないが、私はからかわれているような気がした。
その直後である。
布団の上に、明らかな重みが加わった。それは大人一人が馬乗りになったような圧迫感で、ギュウギュウと体重を掛けてくる。
私はパニックになりながら身体を起こそうともがいた。
その内に重みはそのままに新たな感触が加わる。それは人間の『手』のようだった。
一人じゃない、無数の手が布団の上から私の身体を這い回っているのだ。
ベタベタとしたその感触に怖気が全身を走った。私は唸り声を上げながら必死の思いで今度こそ身体を起こした。
金縛りから解放され、全身に汗をビッショリかいている。布団の上には何もなかった。
ただ、無数の手形のようなモノが残されているだけだった。
了
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