投稿者:斉藤剛史
行ってはいけない都心のビル
都心部にある某有名複合施設のオフィスにN君は勤めています。誰でも知っているようなビルなので名前は出せませんが、この建物が半端なく禍々しいとN君は言います。
若干霊感のあるN君ですが、逆にその若干の霊感でもはっきりとわかるほど邪気に満ちているそうです。質量すら感じられるくらいだと言うから相当なものなのでしょう。
ある日N君は最後の退勤者になってしまいました。オフィスの電気を消し、戸締りをして、警戒システムを作動させました。薄暗い中スマホの灯りを頼りにエレベーターに向かいました。
そのときN君は視界の隅に黒い人影を捉えた気がしました。続いてノブをガチャガチャさせる音が聞こえました。N君は最初は泥棒かと思いました。恐る恐る確認すると、人影がドアから中に入って行くのが見えました。
N君は自分の施錠が甘かったために泥棒が入ったのだと思い込み、慌ててドアに駆け寄ってノブを回しました。しかしドアは開きません。ノブをガチャガチャやっていると、後ろから
「何やってるの?」
と声をかけられました。見ると、灰色の制服を着た警備員が懐中電灯を持って立っていました。N君は事情を説明しました。
自分は社員であること、施錠が甘かったので泥棒が入ったみたいだと言うことを早口で告げました。
警備員がドアを開けて中に入りました。
結論から言うと、中には誰もいなかったそうです。自分が見たのは幽霊だったのだろうかと思って、N君はそこで初めて怖さを感じました。
とりあえず警備員にはお騒がせしましたと頭を下げ、N君は帰路につきました。
翌日、陽の光の中で大勢のひとが勤務するオフィスで働いていると、昨晩のことは本当は泥棒でも幽霊でもなく、ただの気の迷いだった気がしてきました。
N君は恥ずかしくなり、食事休憩の後で警備員の詰所に寄って改めて謝罪しました。
ところが話がまったく噛み合いません。応対してくれた警備員はポカンとしているし、隊長まで出てきて、そんな報告は一切受けてないと言われました。
N君が混乱していると、別の年配の警備員が「S警じゃないの?」と言ったのが聞こえ、警備員達がいっせいに「ああ」と納得したような顔をしたそうです。
S警というのは以前に警備を担当していた別会社だと隊長がN君に説明してくれました。
「忘れたほうがいいよ」
N君にそう言った隊長を含め、警備員の制服は全員青色でした。灰色の制服を着た警備員などひとりもいませんでした。
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