投稿者:たかな
おかあさん
父の実家が沖縄県にあり、関東地方に住む私たち一家は滅多に帰省できません。約30年前、私が中学生の頃、4年ぶりに帰省し、祖父が眠るお墓へお参りに出かけた時の話です。
お墓は沖縄本島の南部にあり、車で30分ほどだったと思います。まだ4月だというのに、エアコンの付いていない叔父の車はうだるような暑さで、私たち家族は無言で暑さに耐え、
早くお墓に着くことを考えていました。車の通りも多い国道で、ぼんやりと街の景色を眺めていた時、突然私の左耳後ろから
「おかあさん…。」
と小さな男の子の声が響きました。感情が掴みとれない、何とも言えない幼い声…。
その声に驚き、思わず振り返りました。動いている車の後部座席、すぐ側で人の声がするはずがありません。ちなみに私は後部座席の真ん中に座っており、
左側は母、右側は弟です。母と弟が言った気配もなく、二人共暑さでぐったりとしていました。念のため二人に今、声をかけたか聞いてみましたが、
「何言ってるの?」「ずっと黙っていたよ。」との返事でした。
お墓参りを済ませ、私たちは同じ道で帰りました。私はあの幼い男の子の声のことはすっかり忘れていました。暑さで再び無言の車内。皆、ぼんやりと過ごしていました。
すると、またあの声が左耳側から聞こえたのです!
「おかあさん…。」
私は驚き、瞬間的に誰もいるはずのない後ろを振り向き、左右に座っている母と弟に声をかけました。
「今、おかあさんって聞こえなかった?」と。
暑さのせいか二人の返事は冷たいもので、「何、同じこと言ってるの。」「暑いから黙っててくれる?」と。
二回も同じ道で同じ声を聞いたことを知ってもらいたかったのですが、その時は誰も相手にしてもらえませんでした。
数ヶ月後、そんな沖縄の不思議な体験もすっかり忘れていた頃、突然母が、私の不思議な体験について話してくれました。
「あの場所は戦争中、地上戦が激しかった場所で、戦後、遺体処理もそこそこに国道を作ったらしいの。道の下には遺体がある、あってもおかしくない場所なのよ。だから、あなたが男の子の声を聞いてもおかしくないの。」
ゾッとする恐ろしいことだけど、悲しい事実でした。あの男の子の感情のないような声。戦後数十年も経っているのに未だに「おかあさん」を捜しているのだと思いました。
どうか、あの男の子がおかあさんの元に還れることを願っています。
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