投稿者:緒方あきら
Sさんは熊本県の天草市に住んでいる。
天草は離島の自治体のなかで最も人口が多く、海と山に囲まれた自然豊かな場所だ。
ある日、Sさんが奥さんと子供を連れて海岸の市場へと続く山道を車で走っていると、後ろから一台のバイクがやってきた。バイクは執拗に車間距離を詰めてきて、Sさんの車のギリギリ後ろを走行している。最近噂のあおり運転かと警戒したSさんが車を左に寄せながら速度を落とすと、それに合わせてバイクも速度を落とす。
バイクは執拗に後ろをくっついてくるが、挑発するような行為は一切ない。こちらの速度に合わせて、後ろをピッタリと走るだけである。
バックミラーには黒いライダースーツに黒いヘルメットの男が映っている。首元だけは青白いマフラーのようなものをまいており、それだけが奇妙に浮き上がっているように見えた。
トンネルが見えてきた時、Sさんはその入り口で車を脇に寄せ停車することにした。さすがに真後ろをバイクに走られたまま暗いトンネルを走るのは危険だと思ったそうだ。
するとバイクは停車することなく、トンネルの中へ走り去っていった。
いったいどんな奴が運転していたのだろう。通り過ぎるバイクに視線を向けて、Sさんは目を疑った。
バイクを運転していた男の真後ろに、肌の白い子供がおぶさっていたのである。男性がつけている白いマフラーに見えたものは、子供の腕だったのだ。なんて危ない乗せ方だろう。Sさんは助手席に座る奥さんに問いかけた。
「今のやつ、見たか?」
奥さんは眠そうな目で首を傾げた。
「今のって?」
「ずっと後ろを走ってたバイクだよ。子供を背負うように乗せてたやつ」
「後ろ? バイクなんていなかったじゃない」
何度確認しても、奥さんはバイクなど見ていないと言う。しかし、後部座席に座っていたSさんの子供が無邪気な声で言った。
「さっきのバイクすごいねぇ。後ろにちっちゃい子が二人も乗ってたよ」
Sさんが見た子供は一人だけだったはずだ。しかし、Sさんの子供はバイクに乗っていた子は二人いたという。不吉なものを感じたSさんはトンネルを通るのを止め、Uターンして回り道をして市場へ向かった。
それきり、そのトンネルは使っていない。トンネル事故のニュースを聞くたびに、あのバイクのことを思い出すそうだ。
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